ワーキングホリデー

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小さなハコから

私は、社会人になってから留学という道を選んだ。
社会人になっていたからこその選択だったと、今では思う。それなりの、覚悟があった。
会社の先輩たちが冷ややかだったのを覚えている。『どうせ行っても何も変わらないよ』と思っているのが言外に濃厚に漂っていた。
私は22歳の社会人初心者で、お金もなく、自信もなく、語学もなかった。だけど、だからこそ行かなきゃいけないと思っていた。母国語以外の言語を身につけることで、自分の世界を広げられると信じていた。

高校卒業後18歳で東京の専門学校で映画を勉強した。卒業後、入社したテレビ番組制作会社で「あなた英語はできる?」と聞かれた。海外の旅番組の企画への誘いだった。
――できません。
嘘が通じるはずもない。そう答えるしかなかった。その仕事は他の人にまわっていった。
その後、モニターに映る私ではない誰かが作った海外の映像を見るたびに、語学力がないということの意味を知らさせた。
まるで自分は小さなハコの中にいるみたいだと、強烈に感じた。
わたし、このハコの外には手が届かないんだ。ああ、世界はこんなに広いのに。

 
これからの人生のために私は私に投資する。そう決心したのは2000年の年末だった。時間もお金もかかるけど、私に必要なものを手に入れるための決断だった。
約1年後に留学できるように計画をたて、会社を辞めた。失業保険を貯金にまわし、それからさらに学費を貯めるために実家に戻ってアルバイトをした。NHKのラジオ英会話を聞き、海外ドラマで使えそうなセリフを拾ってはメモをした。仕事から離れ、友人と離れ、孤独だったけど必ず戻るんだからと前を向き続けた。

2002年の5月。80万ぽっちの資金を握りしめて私はカナダに渡った。初めての国際線。一緒にいたのは泣きたくなるほど重たいスーツケース。うまく運べずにバンクーバー空港で柱に激突。それを見ていた空港のおじさんが無遠慮に大笑いし、そのあまりのあけすけな笑い声に腹を立てるのも忘れ、緊張がほぐれた。

それからもう、10年以上も経った。留学中は台風のような日々を過ごし、毎日が喜びと不安、幸福と孤独でいっぱいだった。
一言で「タノシカッタデス」なんて言えない。うまくいかないことだらけで決して楽ではなかったから。
語学学校を飛び出して独学の道を選んだために、プラスになったこともマイナスになったこともある。だけどいま自分で胸を張って言えるのは、私の投資は大成功を収めたということだ。
あの経験がなければ、今の私はない。語学がなければ、私の世界は今の三分の一以下だったろうと思う。
帰国後の私はいくつかの職種を経験し、現在は本来のフィールドである映画・テレビに落ち着いている。あの時の経験や、身につけた語学に何度も助けられながら執筆や番組ディレクションをさせてもらっている。

語学がなければいけないなんてことはない。海外経験がなければ世界が狭いのかと聞かれればそうではない。それは決して違う。人はそれぞれの方法で自分の世界を手に入れるものだから。
私は、海外に飛び込むという楽ではないその経験を乗り越えて成長していく覚悟を持っている人の背中を、応援したいと思う。
それが留学であれワーキングホリデーであれ、あなたが出ようとしているその旅の答えは、いつかずっと先に必ず見えてくるよと伝えたい。
ネットでもなくテレビの画面でもなく。その足で自分の世界を広げる人の勇気を私は心から応援する。

世界は広大で、知ったつもりになるにはまだ早いし、未知数の自分の能力に見切りをつけるのもまだ早いから。

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