ワーキングホリデー

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自分であることを意識して……

先日、ハリウッドで活躍する台湾出身の映画監督にインタビューする機会があった。
その時のこと。監督が、通訳スタッフの一人に言った。
――あなたは、日本語と英語を同じトーンで話すんですね。とてもいい。
母国語である日本語を話すときは大人しく控えめに会話する人が、英語を話すとなると突然アグレッシブで少し高圧的な態度になる。二重人格のような人がよくいますよね、と肩をすくめながら監督は言う。
加えて監督は、日本人女性にそういう人が多いんですよねぇ…と。
この話を聞きながら、その場にいた日本人スタッフ全員が視線を交わし、苦笑した。ははぁあなたも同じような経験をしてきたのネ、と空気でお互い理解しあった瞬間だった。
日本語と英語で声のトーンも、人格すらも変わってしまう……この経験は多くの人が経験している。なぜなら監督の言うこの『二重人格』とは、英語を話すという緊張から生まれるものだから。
私も長い間英語を話すときには、大いなる緊張(と、自分をカッコよく見せたいという幼い虚栄心)でリキみすぎて、空回りした。まるで自分ではない別人が会話をしているようで、後で自己嫌悪に陥ることも多かった。

海外に出た時は、慣れない語学で頭に血がのぼるだけでなく、会話の心構えから改革を迫られることが緊張を助長する。
日本語と英語の文化的違いを説明するのに、『I』という単語の使用頻度はわかりやすい。日本語で言う『私』。そもそも主語を割愛して会話することの多い日本語では主語である『私』が必然的に登場しなくなるということだし、文化として長い間、自分を押し出すことを良しとしてこなかった。しかし英語の中で最も使用頻度の高い単語こそが、『I』。主義主張をはっきり伝えようとする文化が、言語にも顕著に表れている。
島国によく見られる“遠慮の文化”と、大陸の“主張の文化”の狭間で、私たち日本人はまず大きく揺れるのではないだろうか。相手に譲るつもりで発した言葉は、はっきりしない人だという印象を与え、相手を慮って微笑むその笑顔は、意思を隠す東洋の秘儀アルカイック・スマイルとなって相手を困惑させてしまう。
やがて私たちは悟る。
――このままではいけない。もっとはっきり、きっぱり伝えなければならない。

ただ、難しいのは。
 あまりにも“主張の文化”に馴染もうとするあまり、今度は肩にちからが入りすぎてしまうということだ。新たな言葉を使うこと自体緊張を強いられるのに、その上さらに『自分の主張をハッキリ!』という課題がトッピングされる。単語を見つけるのに忙しい会話の中で、さらに気持ちを強く持ち、がんがん前に出て主張する!そんなこと無理…ああだけどやらないと!
この時点ですでに緊張でガチガチになるのは、もうしょうがない。
 

 英会話を学び始めた人が、少しでも緊張をしずめて自分らしく会話するにはどうすればいいのか。
もちろん英語に慣れることだけど……もしかしたら少しの気持ちの持ちようで変われるかもしれない。

ある時、数人の友人が集まっての食事の際。アメリカの友人が私に言った。
 ――あなたの英語、日本語アクセントがあって素敵よね
へっ?と思わず聞き返した。だってだって、私はあなたみたいなネイティブ発音になりたくて毎日RとLとThの発音練習してるのに、あなたはその日本語アクセントが素敵だっていうの?ムキになって問いただす私に、友人はアクセントがある英語は「個性的だし、セクシーだ」と言ってのけた。
その場にいた日本人全員が、目から鱗。
 ネイティブに近づくことばかり考えていた私たちは、日本人の発音が素敵なものだ、なんて思ったこともなかった。素敵どころか、むしろ消してしまおうとしていたのに……うれしいやら戸惑うやら。
とりあえずその日は、イギリス英語ほどではないけど、日本の発音もけっこうイケてるんじゃないのか実は?という浮かれた結論に至り、全員ビールで乾杯した。
個人的見地が多いに入った意見であることは否めないけど、この日の会話が大きな救いとなって、私の緊張はだいぶほぐれた。
コンプレックスのひとつだった発音が、自分の“個性”だと思えたおかげで、私は緊張から少しだけ解放されたのだ。発音を気にせずに、少しだけ落ち着いて話せるようになると“自分の言葉”できちんと話せているという感覚が生まれた。英語の中でも自分自身でいられるようになり始めた瞬間だった。
単純なもので、そうなってくると新しい単語も口から出てきてくれる。相手の言葉をきちんと聞くことができる。落ち着くことで自分のパフォーマンスがいかに向上するかを、私は体験した。

『英語を話しているときも、日本語で話しているように話す』と心がけること。すぐに実践するのは難しいだろう。だけどこの心構えを常に持つことが大切だ。自分自身であることを意識するのは、今後どんな場面でも必ず役に立つ。
英語を話すときに登場する“別の人格”に苦しんでいる人、もしくは苦しむだろうという予感がある人には、ちょっとおすすめ。

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